22:ココアのひと匙
はてなき議論の後の
冷めたるココアのひと匙を啜りて、
そのうすにがき舌触りに、
われは知る、テロリストの
かなしき、かなしき心を。
   (石川啄木 「ココアのひと匙」)



 確認してみて恐ろしいことに気がついた。

 この絵、2004年8月更新だって…!

 ちなみに取り替えたのは2005年3月。…さすがだ、漢前すぎる…(漢前の使い方間違ってます)。
 ワタクシ文学というものは、学生時代に国語の担任から呆れられるくらい読んでないわけなんですが、この「ココアのひと匙」というのはその昔、読●新聞の購読オマケの料理本のチョコレートの回に、解説ページに載っていたので知ってたわけであります(所詮その程度)。ちなみに、背景の「人をして〜」というのは私が勝手に書いたもので石川センセが書いたもんではないので、「け、石川もこんなヘボいもん書くのかよ…!」とか思わないように。

 純粋で、真面目で、世のど真ん中に立てるような生まれではないけど、それくらいの能力はある。そういう人がテロリストになったりするのだ。末端の工作員は別として、幹部クラスは義憤に駆られてテロリストになる。義憤とは理想と現実の違いに対しておこるものであり、おうおうにしてそれは貧しいものたちを救いたいと言うやさしさであったりする。万人の定義するそれとは違う形かもしれないが、まさしく始まりは「やさしさ」なのだとすれば、テロリストはその優しさゆえに仲間も、大勢の無関係の人間も、そして時に自分をも殺すのだ。それはきっと、うす苦くかなしい心、なのだろう。

 …最近のかなしい出来事を見るにつけ、私に高性能の頭脳があったなら、自分はテロリストになっていたかもしれないと思うのです。恐ろしいことだけれども。


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