約束 ――崩壊まで―― 10

 菊政は他の曹士たちの楽しげに騒ぐ声を背に一人居住区に戻ると、狭い三段ベッドの最下段、自分のベッドに潜り込んだ。そして、子供のように頭からすっぽりと毛布を被り、背を丸めるようにして丸くなった。
 周囲に人の気配はするが、仮眠を取っている者が大半で、起きている者も大抵はイヤーフォンで音楽でも聴いているか本を読んでいるかで、自分に関心を向けるものなどいない。そういう意味ではひとけのない、なんとはなしに薄暗く感じられる居住区で一人丸くなっていると、幼い頃、近所の子供たちに、いじめられては泣いていたことを思い出す。
 いじめと言っても今で言うそれほど苛烈なものではなく「からかい」に近いものだったし、第一、そのネタは自分に親がない事だったから、祖母に心配をかけたくなくて、一人布団の中で泣いていたのだった。泣きたくても人前では泣けなかった菊政にとって、湿った布団に染み付いた自分の匂いは、そこでなら自分の感情に素直でいられる場であるという証明のようなもので、安心できる匂い、今でもそれは変わらなかった。

「たまにはどちらかにつけ」
 兵長――田所が、単に自分のことを慮ってそう言ってくれたのだろうという事は菊政にも分かる。悪気など欠片もないのは十分承知していたが、それで一度カッときた頭が冷静になるかと言えば、そんなわけもない。なんで今更あんな言葉ぐらいに…と菊政は唇をかんだ。

 ころりと一度寝返りを打つ。

 兵長、困ってるだろうな。悪い事、しちゃったな…。
 自分が怒りや困惑や悲しみといった、負の感情を表に出すと周囲の人間というのは必ず困ったような表情になる。それは菊政が我知らず学習し、中学校に上がる前には既に明文化されないまでもどこかで自覚していた「事実」だった。人を困らせるのは嫌だ。誰からも必要とされなくても、せめて、人に邪魔だと思われたくない。人を困らせるというのは、不愉快な気分にするということだ。誰かを不愉快にしたら、その人はおれを邪魔だと思うかもしれない。それは胸の辺りがくっと苦しくなるほど恐ろしい想像だった。



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