| 約束 ――崩壊まで―― 17 |
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| 外でどうにか発散されていたものがなくなれば、その鬱憤は今度は家庭に向けられる。言葉の暴力は物理的暴力に変わり、それも次第にエスカレートしていく。その一方、母も本質的には父ではなく、その「都会的なスタイル」に惹かれていただけだったから、父の変貌にすぐさま愛情は消え失せた。腕力ではかないようもない母は、父の暴力に対してヒステリックに喚いては手に触れるもの全てを投げつけるというかたちで応戦した。 まだ小学校にもあがっていなかった菊政は自分の身を守るのに精一杯で、何かの弾みから、夫婦喧嘩というには凄惨すぎるその争いが起きるたび、押入れに隠れて、まるで動物のような両親の声から耳を塞いでじっと耐えるしかなかったのだった。しかし、小さな体を更に精一杯小さくしていても、そんなときの父は、その怯えた態度すらも気に入らないらしく、押入れから菊政を引きずり出すと、平手で殴りつけたり、髪を掴んで古い畳の床を引きずり回したりした。 畳にこすり付けられて、まだ幼くやわらかな皮膚に無数の擦り傷をこしらえ、ささくれ立ったイ草が棘のように何本も刺さる。そんな時は流石に、母は血を分けた息子をかばってくれたが、そうなれば今度は母が無防備になる。母に抱きかかえられながら、その腕に父の裸足のつま先が何度も叩き込まれるのを見ても、菊政は泣くことすらできなかった。自分が泣けばその声に父は更に逆上すると知っていたからだ。 嵐のような暴力が過ぎ、父が肩で息をしながら家を出て行くと、それで一旦争いは終わる。そして、帰ってきたときには、父は先ほどのことなど何もなかったかのように、いやむしろ菊政のための菓子などを買い込んで戻ってくるのだ。さっきは痛かっただろうなあ、そんなことを言いながらチョコレートを差し出す。ありがとう、そう言って受け取れば父は上機嫌だった。克美は菓子が好きだなあ、子供ってのはみんなそんなもんなのかなあ、なあ、母さん? 擦り傷だらけの血の滲んだ手でチョコレートを掴み、味などわからないまま口に運んでいると、そうね、子供はみんなそう…と疲れきった母の声が台所からしてきた。菓子を受け取らなければ、問いかけに返答しなければ、それが引き金になって暴力が再燃することもある。それを身に沁みて知っている菊政と母にとって、それは一種の処世術だったのだろう。 何がきっかけになるのかわからない。だから菊政は父の機嫌を損ねる事がないように、常に全身をアンテナにして暮らしていた。そして、ある時一つの発見をした。 |