約束 ――崩壊まで―― 2

 珍しく自嘲的な言葉が脳裏で閃いたのは、おそらく菊政に自分と同じ疵のにおいを感じているからだ。

 思い出したくもないことを思い出し、感じたくないことを感じた脳が「思い出すな、考えるな」と瞬時に判断を下して自分に命令する。だが、その命令が体に伝わるその前に、気持ちの揺らぎは握ったペンにいとも簡単に現れて、必要以上に濃い線で描き込まれた配管に、行は微かにため息をついた。
 そのため息に別の意味を感じ取ったらしい。行は菊政が小さく身をすくませた気配を背中越しに感じた。
「あの…おれ、いると、迷惑、ですか…?」
 おずおずと切り出された、いつもと違う口調に、行は今度は菊政の方を振り返り、その顔と正対した。

 不安げに眉を寄せた表情は、まるで怯えているようで、一瞬なんと声を掛けてやるべきか躊躇ってしまう。

「いや…別に迷惑じゃ、ない」
 どうしてもぶっきらぼうになってしまう自分の口調に、心の中でまたも嘆息しながらそう答えたが、それでも菊政は、
「おれ、鈍いですから、そう言われたら、信じちゃいますから」
 思いつめたような口調だった。いつもなら、「そうですかあ?」などとのんきな答えと気の抜ける笑顔が戻ってくるのに。こんなとき、兵長あたりなら軽口の一つも叩いてやるんだろうが…と行は思ったが、記憶をまさぐってもそんな語彙は自分にはなく、かえって、掛けてやるべき言葉が浮かんでこない自分に苛立ちを募らせる結果にしかならなかった。



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