約束 ――崩壊まで―― 26

 ふと、人の動く気配がしてそっちに目をやると、作業着姿の先輩がこっちに向かって来るところだった。どきりとして、目を逸らしそうになった。

 でも、おれ、もう逃げたくない。色んなものから、逃げない。

 ベッドの柵から腰を上げ、正面から先輩の目を見る。先輩はいつもと変わらず無表情だ。

「さきに…行ってるぞ」
 すれ違う時、先輩はそう言った。

 え…? 声には出なかったけど、おれはそう聞き返した。驚いて目で追った後姿は、いつもどうりで何も変わったところなんてない。「ついて行っていいスか?」とおれがまとわりついているときと同じ足取りで、青い作業着の背中が遠ざかっていく。

 それって…おれの存在、認めてくれてるってことなのかな?

 ……うん、そう思うことにしよう!

 今はどうすればいいのか分かんなくても、そのうち何かいい考えが浮かぶかもしれないし、先輩だってなにか話してくれるようになるかもしれない。兵長や先任伍長もいるんだし、それに、おれが深刻に考えすぎてるだけで、本当は全然大した事じゃないのかもしれないわけだし。

 時間は一杯あるんだから。

 よし、それじゃあ、そろそろおれも行かなきゃ。

 缶の中に残ったコーヒーを一気に呷ると、居住区の隅まで走って行って、その空き缶をゴミ箱に放り込む。缶の外側に結露した水で濡れた手を、ズボンに擦りつけると、おれもさっさと作業着に着替えようと、さっきまで座り込んでいたベッドに向かって駆け出した。



 1210。
 運命の時刻まで1時間。



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