約束 ――崩壊まで―― 29

 内心溜息をつきつつ、二歩ほど行過ぎた先任の方を振り返る。考えてみれば、おれのことを探していようがいまいが、服が同じだからといって先任がおれたち曹士を見間違うわけがないのだ。そりゃそうだ、先任だもの、と自分の楽天家っぷりに嫌気が差しつつ先任伍長の正面まで戻ってその前に立つ。
 イカツイ手に書類だろうか、紙の束を掴んでおれを上から見下ろしている先任がいつもより大きく見えて、おれはますます暗い気持ちになる。

「おまえさ……」
「幽霊の件、ですか?」
 言いかけた先任に最後まで言わせずに、こっちから逆に聞いてみる。正直、他にこんな時に呼び止められるような用事はない。が、
「幽霊はどうでもいい。なんで司令室になんか行ったんだ?」
 先任はこっちが思ってもみなかったようなことを言った。

 先任伍長は、おれが先輩をつけた事に気が付いたのだ。

 愕然とした。そこで何があったかを言えば、先任の先輩に対する疑念は増すばかりだろう。そして、溝口3佐と「生存者の女」の事も話さなければならなくなる。おれが「幽霊話」をふれまわった訳も。そうなったら、もう言い逃れはできない。罷免の2文字が頭の中でフラッシュした。
「あんなとこ、おまえに用のある場所じゃねえだろ?」
 先任はやわらかな声色でそう言っておれの顔を覗き込んだ。話してみろ? と問い掛けてくるような先任の目を見ていると、何故かもうロクに顔も覚えていない父のイメージが被って、尚更話せない。

 誰かに、殴られても、蹴られても、おれは先輩の事、信じるんだ。

 支離滅裂にそんな事を思うと、ぎゅっと唇を噛み締めて、無言を通すしかなかった。けれど、先任はほんの微かに吐息をつくと、
「……如月のこと、見張ってたのか?」

 ぽそりと呟くような一言に、思わず顔を上げてしまった。
 目が合った瞬間、やっぱり、と先任の目がそう言ってるのを見れば、もうどうしようもないと覚悟を決めるしかなかった。
「確かめたかったんです」
 自分でも嫌になるくらい、小さくて、弱い声だった。



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