約束 ――崩壊まで―― 32

 訓練が始まった。

 艦長の発射命令に応えるかたちで訓練用の魚雷が発射される。魚雷は白波を蹴立てて走り出し、しばらくすると潜航して見えなくなった。いつも、このまんま浮かび上がってこないんじゃないかと思うのだけれど、しばらくするとイルカが息継ぎでもするみたいに呑気にプカリと浮いてくる。
 それを回収するのがおれと先輩の役目。と言っても魚雷にフックをかけたりなんて作業は他の科員がするので、おれたちは完全に下っ端の肉体労働担当で、魚雷を甲板まで引っ張り上げるだけだ。それも基本的には揚艇機が持ち上げてくれるから、普通の状態ならそんなにキツイ仕事ではない。

 ただ問題は今日の波の高さで、これのせいで艦は右に左に揺れに揺れ、揚艇機の力だけでは素直に上がっては来ないだろう。本来ならフィンステビライザーで、ある程度揺れは軽減できるのだけれど、これは航行中にしか力を発揮しない。魚雷の回収のために惰性走行しているこの状況では全く役に立たないのだ。回収時に失敗して下手に魚雷を揺らせばそれが艦の横っ腹にぶつかり、べっこりそこを凹ませることになる。
 炸薬は積んでいないとはいえ、このサイズの鉄の塊がぶつかれば、アクセル全開の大型乗用車に正面から突っ込まれるくらいの威力はあるに違いない。おかまを掘られたような情けない姿になったおれたちの艦と、その後やってくるだろう始末書の山を想像してしまったおれは、誰にともなく、よしっ、と気合を入れた。が。

 周囲を見回せば、みんな青い顔をしている。さっきから何人か姿が見えないし。…後で掃除が大変だ。

 かく言うおれも…結構キてる。

 そんな中、ちらりと艦が揺れるのに合わせて後ろの方を窺うと、先輩はいつもと同じように、その整った無表情を海に向けていた。
 こんな時の先輩は、怖い。男に言うのも変だとは思うのだけれど、なんだかすごくきれいで、それが怖い。よく切れる日本刀、そんな感じだ。
 ほんの一瞬だけ盗み見た先輩の横顔を、頭の中で九九でも暗誦するみたいに反芻する。おれもあんな風に凛としてられたらなと思うと、なんだかもう少し耐えられそうだ。  



Back IndexNovel ・ Next