約束 ――崩壊まで―― 4

 どう言ってやればいいのだろう? なにも言わない方がいいのだろうか? 考えすぎて熱でも出そうだと、その歯痒さに一度微かに唇を噛んだ。それでも何か伝えたいというその気持ちだけに背を押され、他に何の方策も持ちえない行は、伝えるべき言葉を用意できもしないまま、小さく息を吸い込んでから菊政の方を振り返った。

 未だ、その怯えたような気配は消えていないのに。
 なのに、菊政はいつもと同じように微笑っていた。

「やっぱり、先輩、絵上手いですよね」
 にこにこと見ている方が気が抜けるような相変わらずの笑顔をこちらに向けて、いつもと同じように床に座り込んだままで。

 けれど、行にはその手が、ズボンを握り締めている関節が白くなるほどに強く握り締められているその手が、胸の奥を貫いて、そこから目を離せなくなってしまった。

「ね、先輩、今度おれの似顔絵描いて下さいよ。できればいい男に描いてくれるといいんですけど…あー、元がコレじゃあ駄目ですねえ」
 視界には白く握り締められた手。なのに耳に届くのはいつもと変わらない口調。それを却って痛々しいと感じる。忘れてしまったはずの、考えないようにしていたはずの自分の「感情」が、不意に息を吹き返し、胸をキリキリと締め付ける。
「いいなあ、先輩は。顔がいいのってやっぱり得ですよねえ。ほら、こないだ行ったバー、あそこでね、後ろにいた女の子たちが先輩の事カッコイイってコソコソ言ってたんですよ。おれら、所在ナシってやつだったんですよ、実は」
 無理して笑わなくてもいいんだぞ、行はそう言いかけて、すんでのところで飲み込んだ。
早口でまくし立てるような口調は、いつもの菊政にはないもので、なにかを取り繕おうとしているのが行にもわかったからだ。もっともそれが何かということまでは、わからなかったが。



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