約束 ――崩壊まで―― 5

「…いいぞ」
 ぼそりとそれだけ呟いて、行はまた菊政に背を向けた。当の菊政はきょとんとして、
「なにがですか?」
 と訊き返してくる。
「絵だよ。描いてやる」
 そう答えてペンを握りなおし、スケッチに目を戻す。
「本当ですか? わあ、嬉しいなあ。ね、先輩、約束、約束!」
 はしゃいだ声を上げた菊政が立ち上がり、弾むように近寄ってくると腰を折るようにして横から行の顔を覗き込んできた。行がまた、菊政の影が差して見難くなったスケッチから目を上げると、今度はいつもと同じ気の抜ける笑顔がそこにあって、小指をぴんと立てていた。
「約束。指きり」
 にこにこと満面の笑みをたたえる菊政に抵抗する気もなくして、行は素直にその指に、ペンは握ったまま、自分の小指を絡めてやった。久しぶりに感じた自分と異なる肌合いのその体温に、なるほどこの温かさは菊政らしいな、とぼんやり思う。

 指きりなんて何年ぶりだろう。
 懐かしさと、苦さと、その指先のあたたかさに胸が痛くて苦しくなる。

「ゆーびきりげんまん、うそついたら、先任にいいつけるー、ゆーびきった、っと」

 このあたたかい手を、おれは裏切っているのだ。
 思い切り振り回されて、転げ落ちたペンが床をころころと転がっていった。



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