約束 ――崩壊まで―― 8

 菊政は、本当に気のいい奴で、後輩としてはとてもかわいい。だが、どこか抜けているところと、付和雷同というか八方美人というか、優柔不断な事なかれ主義的なところがある。恐らく、ゲーム機を持って来い、と先輩海士に命じられたとき、既に事の発端になったもう一人の海士はテレビを見るつもりだったのだろう。そして、多分、菊政もそのことは知っていたのだ。どうしてだか菊政は人の動きにひどく敏感で、誰がどこで何をしているか、聞けば大抵知っている。

「…おれ、見てました」
 またもおずおず、というように頼りなく右腕が上がり、今にも泣き出すんじゃないかと疑いたくなるような表情の菊政が一歩前に出る。
「…そうか、あとで詳しく聞かせてもらう。以上、分かれ!」
 威勢良く田所が宣言すると、三々五々、人の輪が崩れ、諍い合っていた筈の海士二人はもう既にお互いの肩を小突きあったりして、田所からは見えないように(と、本人たちは思っている)小さく苦笑を見合わせていた。

「で、どうだったんだ?」
 人の波が引いた後、取り残されたような顔で所在なげに突っ立っていた菊政に田所がそう問うと、菊政はまたびくりと肩を震わせて、田所を見上げた。
 元々、気が小さい方の菊政だがここ最近(如月が来てからか?)はとみにその傾向に拍車がかかっているようで、こんな怯えたような表情を見ることが多くなった。一体なんなんだ? と湧き上がる苦い疑問を飲み下して、田所が無感情に菊政の目を見返すと、
「…別に、普通です。テレビ見るかゲームするかで揉めて…そんだけです」
 消え入りそうな小さな声がそう答えて、その目はゆらりとそらされた。

「…お前、喧嘩になるってわかってて、プレステ、持ってきただろ?」
 一歩、じりりと菊政ににじりよって田所が小さい、しかし低い声で問うと、菊政は目を上げずその沈黙を保ちつづけた。

 明白な肯定。

「なんでだ?」
 もう一歩、もうすぐで靴がぶつかるほどの距離にまで迫ると、まるで不良にからまれた少年のように、その目が逃げ場を求めて横に揺らいだ。
それでも菊政は答えない。



Back IndexNovel Next