. ルール . .

 真夏。いっそ呆れるくらいに晴れ渡った空には入道雲が浮かんでいる。蝉時雨などという風流な言葉など似合わない、がなるようなセミの声と、いちおう面目程度には涼しげな風鈴の音を耳にしながら、仙石はごろりとその場に転がった。
 引っくり返った視界に、飴色に変色した木製の桟。縁側に出るための大きなそのガラス戸は、湿度が上がると木が膨張するのか建付けが悪くなり、急に雨が降り出すたび仙石を慌てさせた。
 今は全開にされているそれの向こうには、日に焼けて白茶けた「すだれ」がかかっており、その葦の間からかすかに覗くのは、ハレーションで滲んだように見えるほどの青い空。鮮烈なその青の下には、腐りかけたように変色した濡れ縁が見える。縁側の上には蚊遣りが置かれ、今時なかなかお目にかかることもなくなった蚊取り線香の煙が、時折、思い出したように風に揺れている。

 「克美」画伯の絵は画壇ではすでにそれなり以上の評判を呼び、それなり以上の値段がつけられているし、この古びた…と言えば聞こえはいいが実際のところはそこらじゅうガタがきた、ウリは広く風通しがいいことだけというような貸家も、ブレーカーの最大ワット数を上げて契約し直したというから、クーラーをつけることになんの問題もない筈である。だが行はそれを頑なに拒んだ。体がなまる、絵も鈍る、そう言うのだ。結局、リフォームを施したアトリエには必要に迫られてエアコンを導入したが、他の部屋には未だ設置予定すらない。暑くて眠れないと仙石が不満を漏らすと、行は翌日扇風機を買ってきた。

 あの声は…アブラゼミ、だったっけ?

 高校を卒業してからというもの、仕事中は海の上。さすがに海の上まではセミの声も聞こえてはこなかったから、こいつをうるさいと思うほど聞くのなど、一体何年ぶりだろう? そう自問すると、この暑さに拍車をかけるようなセミの声もなんだか愛しく感じられるような気がしてきて、仙石はひとり、無意識のうちにコトリと笑っていた。

「なにがおかしい?」

 もう大分耳に馴染んだ、しかし、相変わらず愛想のかけらもない声が頭上から聞こえたのはその時だった。

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