. ルール 11 . .

「あれから…去年の夏から、なにが変ったかって、別に世の中は全然変らない。リタイヤしたおれには詳しくは分からないけど、水面下では色々あったんだとは思う。だが、少なくとも、目に見える形では世界は変ってない。前なら、きっとおれにとって、それはもどかしい事だったんだろうと思う。…いや、もしかしたら、世の中がどうなろうが、全く興味のないことだったかもしれないけれど」

 行が「言わんとしていること」は良く分からなかったが、行が「言っていること」は分かったので、仙石は頷いた。

 たしかに、自分にとっては大事件だったあの出来事も、咽喉もと過ぎればなんとやら、なのか、ほんの一年に満たない月日のうちに世界はまた平穏を取り戻していた。――いや、正確には、世界は最初からずっと平穏だったのだ。少なくとも表向きは。
「大きなもんは、そう簡単に変らない。――変われないってのが実情だろうな。大きなものほど、変化にはそれに比例した分の痛みが伴うし、結果としてたとえ何かが変わったとしても、その変化は外側からはなかなかわからない。あまりにも対比する相手がでかいから、些細な変化なんかものの数にならない。――それを昔は歯痒く感じた事もあったけど、今はそれは仕方がない事なんだって分かる気がする」

「それって…諦めちまったのか?」
 それなら悲しい事だと仙石は思う。この一年で、行は人と関わり、交わりながら生きていくことを学んだのだろうが、それが「人生=諦める事」という結実の仕方をしたのだとしたら、そんな世の中は間違っているし、そのようにしか世界を捉えられない、つまらない伝え方しか出来なかった自分の愚鈍さが呪わしい。

 だが、

「違うよ」
そう言うと、行は仙石の方を見て、少しだけ、はにかんだように微笑んだ。

「前は、そうだな、いつも――張りつめて、切羽詰ってた。いつ死ぬかわからないような生き方をしてたからかもしれない。だから、そういう意味では、前の方が、おれは『諦めていた』んだと思う。
 でも今は違う。ちゃんと先を見られるようになった」
そう言うと、行は、「…前は、おれ、明日の予定も立てられなかったんだぜ?」と悪戯っぽく笑った。

 それから、また車窓の外へ視線を向けると、行は仙石のことなどまるで意識の外においてしまったかのように、しばらく無言で銀鱗をちりばめたような海を見つめていた。仙石はそんな行を見て、「言うだけ言って、無視かよ、おい」と苦笑したが、腹が立ってはいなかった。

 行はこちらを見てはいないけれど、その意識はこちらを、自分の方を向いている。

 ちゃんと人間の方を向いている。

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