. ルール 3 . .

 仙石は自分の前に用意された塗り箸を手に取ると、おもむろに皿からそうめんを取り上げ、つゆにべったりとつけてから啜りこんだ。ほんの少しでも動きを止めると夏特有のじっとりとした空気が体に絡みつく。…そう言えば、張り替えろと言い続けて久しい灼けた畳も、なんだか湿っている気がする。畳でさえこれなのだから、当然、座布団だのは使っていられるものではなかった。
 しかたなく畳に直に座っているのだが、これはこれで最近とみにあまりがちな腿の肉に、くっきりと跡がついてしまう。「…中元のボンレスハムか、それは?」と真顔で言った、何日か前の行の小憎たらしい顔を思い出した仙石は、無駄な抵抗と知りつつも右に左に体重を移動しながらそうめんを啜っていたのだが、

「…無駄な抵抗っていうんだぞ、そういうの」

 顔を上げようともせずに言い切った行の言葉に、顔の表面温度を上昇させただけだった。 「跡がつくのが嫌なんだったら、ちゃんとズボンでも穿けばいいんだ。人の家をパンツ一丁でウロウロするのは、人間としてのマナーに合致するのか?」
 そうめんを箸で掬いながらそんなことを言う行は、相変わらずの無表情である。対して仙石は、ぐぐぐ、と詰まった声を上げるしか出来ず、一ダース分も浮かんだ反論(実際のところは、勿論、屁理屈である)は口に出せば10倍になって返ってくることが容易に想像できたので、そうめんと一緒にのどに流し込まれることとなった。かわりに、
「…今日も暑いな。外にスケッチに行くにはチト暑すぎるってもんか。
 どうだ、今日は夕方からにしないか?」

 いつも昼食後に海まで出て行っては、絵を描いたり釣りをしたりしているのだ。

「いや、今日は出かけたいところがあるんだ」
 少し躊躇うような、そんな返答が返ってきた。どこか行きたい所はないのか? 出かける前にそう訊いても、いつも行は、「どこでもいい」としか答えなかった。海でも山でも町でも、絵を描くことはどこでもできる、と。珍しいこともあるもんだな、と仙石は、
「どこへ?」
 行き先を問うた。だが行はなぜだか、それには何も答えずにほんの僅かに首を横へ振っただけだった。虚をつかれたように仙石はきょとんとし、
「ンなぁ、そこ、おれも行っちゃあマズいか?」
 と更に尋ねた。

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