. ルール 34 . .

「この絵な、今までのおまえの絵のタッチとは少し違うな」

 仙石は行が墓に立て掛けるようにして置いたキャンバスに目を向けながら言った。「今までのおまえの絵より、ずっと穏やかだ。――おれはこの絵見て思い出したよ。菊政は、そう、こういう目してたなって」
 行はその言葉に引きずられるように自分の描いた絵に視線を移した。唇は噛み締めたまま。
「目って言っても形じゃなくてさ、なんて言うか、どっか張りつめた感じがな」

 行は無言だった。無言だったが、その目は絵に向けられたままだった。なすすべなく立ち尽くしているような、途方に暮れているような、それでいてどこか居場所を見つけて安堵する子供のような、そんな行の肩に、太陽を遮った雲の影が落ちていた。
 さっきまでは照りつける太陽に、影さえも蒸発してしまったかのように白く霞んでいたその肩。そこにふと影が落ちて、立体的な陰影を見せ始める。それは彼岸の気配をまとっていた行が、「人として」自分のかたわらに帰ってきたように思えた。

「これが例えば写真だったとしたら、おれはきっとこんなこと思い出さなかった。ああ、よく笑う奴だったな、ってそんだけだ。でも、この絵は違う。おまえがこいつに対して感じていた印象ってのが、絵に出てるんだろうな」

 描きながら苦しかっただろう。この絵を描くためにはその間ずっと死者と対峙し続けなければならなかったはずだ。その死に自責の念を感じている、そんな人間と何時間も何日も、たった一人で向き合いつづける。せめて、それが幻の存在であっても、罵ってくれたなら恨み言の一つも言ってくれたなら、少しは楽だっただろう。だが多分、行が対峙しつづけた菊政はなんの恨み言も寄越さずに、むしろあの気の抜ける笑顔を向け続けた。

 先輩、なんか元気ないっスね、ちゃんと寝ないとダメですよ。コンビニ弁当ばっかり食べてちゃ体壊しますよ。せめて野菜ジュース飲むとかしないと、うん。

 愚にもつかないようなことばかり言ってはにこにこと笑っている。そして、そんな風に向き合った菊政が楽しげであればあるほど、「本当はそうなっていたはず」の「命」を目の前で奪われたことを、それを阻止できなかったことを思い知らされる。そして、それは自分の責任なのだということも。

Index
Back  Next
Novel