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ルール 6 . | . |
| 行は自分の過去についてはあまり語らなかった。それでも、およそ子供が育つには過酷すぎる環境であったことくらいは断片的に語られた過去から類推できたし、なにより子供の頃の話をする行の口調は、まるで他人から聞いた話をするようななんの抑揚もないもので、多分、自分の体験として語るのには未だ痛みを伴うのだろうと仙石は思っていた。 幼少期、少年期、人の苗字も名前もいっさい出てこない思い出を語る行の半生には、多分、固有名詞を当てはめて記憶する価値のある人間など、一人もいなかったのだろう。その後のダイスでの訓練、実戦の中では、固有名詞は必要とされず、むしろ、名前を取り上げられ、周り全てが無個性な駒の集合体でしかなかった。 実際はともかくとして、「閉じてしまった」行にとってはそう感じられたのだろう。時折ぽつりぽつりと漏らすダイス時代の話にも、人の話は殆ど出てこないか、たとえ、出てきたとしても名前でなく階級で語られていた。 そんな行の話にも何度も繰り返しあげられる人の名がいくつかはあった。それは、仙石にも印象深い名前ばかりで――つまりそれは、あの、騒動と言うにはあまりに惨たらしい事件に巻き込まれた<いそかぜ>のクルー、とりわけ、命を落とした海士二人の名前であった。 仙石がした他愛のない失敗を冷やかす行が、「まるで菊政みたいだ」と肩をすくめる。やかれたおせっかいに、「兵長じゃああるまいし」と眉を寄せる。それは、日常の延長線上にある、普通なら他愛のない冗句なのだろうが、「あの夏」を「あの場所」で経験してしまった者にとって、その名は口に出した瞬間、裏側に「死」と「自責」が浮き上がる呪いのようなものだった。日常の延長線上にありながら、一方で日常から一番かけ離れた言葉。 今もダイスの監視の元、世間の目から隠れるように生活する行にとっては、あの二人は仙石を除けばほぼ唯一と言っていい友人であった筈だ。利害も、策略も存在しない、警戒の必要がないやわらかな人間関係。恐らく生まれて初めての、そんな居心地の良い場所で、行はひとりその暖かさに対して、必死に、頑なに背を向け、周囲を欺きつづけた。そして、それが事実かはともかく、結果、初めての友人を死なせてしまったと、そう思っている。 菊政が死んだときのどこか縋るような目も、田所が死んだと聞かされたときのあの一瞬の動揺も、思い出せば、そこに揺らいでいた感情は、間違いなく、痛切な哀しみと悔恨、自責の念だった。自分の命をも簡単に投げ出してしまえる特殊工作員が、作戦を反故にしてしまう可能性を冒してまでも守ろうとした、代わりの存在しない何か。 広島は、そんな何かを象徴する<いそかぜ>という艦の母港であった。 |
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